大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和51年(う)193号 判決 1976年5月27日

本店所在地

堺市北花田町三丁一六二番地

商号

浅井鉄工株式会社

代表者

浅井三秀

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五〇年一一月一九日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 辻本俊彦 出席

主文

原判決中、被告人浅井鉄工株式会社に関する部分を破棄する。

被告人浅井鉄工株式会社を罰金四〇〇万円に処する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人土橋忠一作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は原判決の量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ原審および当審で取調べた証拠を精査し、本件犯行の動機、態様、罪質ことに昭和四六年度から昭和四八年度まで三年間にわたり、架空外注費や架空人件費の計上等により事業利益を抜き去り過少の所得金額、法人税額の申告をすることによって法人税のほ脱額は合計約三千四百万円に達していたことなどの事情をみると、原判決の刑もあながち首肯できないわけではない。

しかしながら、本件発覚後は率直に国税当局の調査に応じ修正申告を行い差額法人税は原審当時既に完済しており、重加算税、延滞税合計約千三百万円余も当局の温情ある取計らいにより着実に分割納付してきているが、当審当時で未だ約九百万円余を残していること、被告会社は資本金百万円で設立後日浅く資産としては殆んど見るべきものがなく、現今の経済不況のもと赤字続きの経営を余儀なくされていること、ほ脱した金員は大部分同会社のため備蓄しており被告会社代表者個人およびその家族の私利私欲のために利用しまたは利用しようとした事跡は殆んど窺われないこと、被告会社代表者の反省も深く再犯のおそれはないと思われること、その他記録にあらわれた諸般の事情を考慮すると原判決の刑は重きに過ぎるものと考えられ、論旨は理由がある。

よって刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決中被告会社に関する部分を破棄し同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決認定の関係事実にその挙示の関係各法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松浦秀寿 裁判官 原田直郎 裁判官 清田賢)

控訴趣意書

被告人 浅井鉄工株式会社

右の者に対する法人税法違反被告事件の控訴趣意を左のとおり述べる。

一、被告人浅井鉄工株式会社(以下被告法人と略称する)は大阪地方裁判所において罰金六五〇万円に処する旨の判決の言渡を受けたが、右原審の判決は左記の理由により苛酷に過ぎ、量刑不当の違法あるもので承服できない。

二、そもそも本件公訴の提起にあたっては、同時に被告法人の代表取締役である被告人浅井三秀(個人)も法人税法違反で起訴され、同被告人は懲役六月(但し二年間執行猶予)の刑の言渡を受けたが、敢て控訴することをせず、従って右刑はそのまま確定した。

右によっても明らかなとおり被告人等は何でもかんでも控訴して争うというのではなく、きいてもらうべき事実を更にききとどけてほしいと争っているにすぎないのである。

三、本件公訴事実については争いはなく、被告法人の法人税法違反の事実はすでに十分に証明されたというべきであるが、一方被告法人にとっては罰金六五〇万円の支払はその余力がなく、その支払を即時に強制されるならば倒産を招くよりほかない現状にあることをとくと御認識ねがいたいのである。

四、即ち、原審の記録によっても明らかなとおり、被告法人は本件税法違反事件をひきおこしたことにより、青色を取消されるとともに重加算税、延滞金等の支払を余儀なくさせられる結果となり、問題の裏預金等をすべて解約してこれらの支払にあてる一方残余についても一時払はとても不可能な状況であるので分割納付を認めてもらい、目下誠意をもってその支払に全力をあげて努力している最中である。

五、周知のように経済界は目下甚だしい不況に見舞われているが、とくに被告法人のような機械業界の部品下請会社の不景気は目をおおいたくなるくらいで、従って被告法人としても削減された人員の人件費をまかなうことすらできず日々欠損の連続である。しかも前記重加算税、延滞金の分割支払については昭和五一年四月末以降今年七月末までは毎月多額の支払を続けなければならない状況に追いこまれているので、この上罰金六五〇万円を完納できる余地は全くないと言わざるを得ないのである。

六、そもそも本件税法違反事件は税法に不なれであるというか、税法に無知であったというか、そういうところより発生したものであって、被告法人の代表者としては過去度々にわたり金がないために倒産したという苦い経験からして少しでも調子の良いときに裏の資金を段取りして会社の基礎を固めておかなければならないと考えたことがことのおこりなのであって、代表者自身が個人的に浪費又は消費しようとした形跡は全然ないのである。従って本事件が発覚するや被告法人は調査に協力することはもちろんのこと、昭和五〇年二月一日付にて早くも修正申告書を提出しているのである。

以上のとおり、本件税法違反事件は好況時に会社の基礎を固めることが眼目であったのであり、この発想そのものは非難されるべき筋合のものではなく、むしろ先見の明があったとさえ言うべきであるが、税法の無知、不なれが原因で他人のいうことをそのまま見ならったその方法が悪かったのはおしむべきことである。

七、しかしながら被告法人はすでにして前記のように青色の取消、多額の重加算税、延滞金の支払を余儀なくさせられるなど、受けるべき制裁はすでに充分すぎる位受けているのであり、国の立場からして懲税の目的はすでにとげているのが現状である。

この上現に生きている企業をつぶすところまで追いこむことははたして国民経済の上からみて、はたまた、被告法人に職を奉じこれによって家族の生活をささえている従業員の人達の生活権という観点からみてはたして得策であるのかどうか疑問なしとしないのである。

八、被告法人は法人設立して日浅く、いわゆる含み資産に乏しいので普通一般の会社とくらべていざという非常時にはその支払余力に欠けることは争えない実情である。しかしながら、苦労人である代表取締役の浅井三秀は過去のやり方を深く反省し、ふたたび本件のような税法違反事件を繰返すことのないようこころに誓いながら、不屈の意思をもって自力更生を決意し、削減された人員をもってこの不況苦況をのりきるべく日夜努力を続けているのである。

かかるまじめな企業努力を無にしないよう、むしろこれを生かし得るように、罰金についても応報的な見地からではなく教育的な見地からその額につき深甚の配慮を願いたいものである。

九、以上の理由により、被告法人に対し罰金六五〇万円に処した原審判決は苛酷に過ぎ、量刑不当の違法あるものと信ずるものである。

昭和五一年三月一五日

被告人 浅井鉄工株式会社

右弁護人 土橋忠一

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例